豆腐。そのルーツをひもとけば、遠く9〜10世紀、中国は唐王朝の時代に遡る。我が国に伝えられたのは、平安末期、源平合戦のころ、といわれているが、実際に活用され始めたのは14世紀になってかららしい。そして江戸時代、安価で栄養があり、しかも食べやすい優良食品として広く江戸庶民に親しまれるようになった。「豆腐百珍」なる料理書まで出版されていることは、周知の事実である。とはいえ、近ごろは、輸入大豆の増加や機械化(オートメーション)に伴い、昔の味を残す豆腐が少なくなっているのが実情。そんな中、頑なに国産大豆と井戸水にこだわり、豆腐をつくり続ける職人がいる。近藤守氏。大塚で60年以上続く豆腐店の2代目主人である。現在も変わらず毎朝4時半には起床、慈しむかのごとくに豆腐をつくる。
 大豆を水に浸し、すりつぶした後、その汁を大釜で煮る。強火で20分間、グラグラと煮立っていた泡が次第次第になくなってきたら煮上がり。これを絞って豆乳とおからに分け、豆乳に素早くニガリを打つ。と、乳白色の液体がまるで生きもののように、ジワジワジワジワ、固まっていく。慎重に、真剣に、近藤氏は木杓子であたりを探りつつ固まり具合を確認する。「こうしてニガリが均一に回っているか確かめるわけです。ニガリを打つのは(豆汁の)温度が下がらないうちに迅速に、その後は、急がず、ゆっくり水を分離させていくんです」
 ざるをのせ、静かに漉すような要領で水をきる。こうしてでき上がった、型に入れる前の豆腐が朧豆腐。口に含めば淡雪のごときふんわりとした柔らかさの中、豆の甘みが、ふっくら優しい余韻を残しつつ口中いっぱいに広がっていく。紛れもない豆腐の味である。これを型に入れ、重しをかけて成型したものが木綿豆腐。大きな魂のまま水槽に放ち、注文のたび、表紙写真のように切り分ける。豆の旨さを逃さぬためだ。「豆腐は生きもの。でき具合が、日々違いますね。よくできた豆腐は弾力がありなめらか。若い女性の肌を思わせる潤いを含んでいますよ」
 平成元年、3代目の喜一氏が豆腐料理店をすぐ隣に開店。現代版「豆腐百珍」を目指している。